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香港法人・オフショア法人設立お役立ち情報

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「一国二制度」と言う社会システム下でここまで違う「香港」と「マカオ(澳門)」

既にご存知の通り、香港(及び香港人)は中国との間で生まれた特殊な制度である「一国二制度」が、(本来の約束であった)返還後"50年の維持"と言うものを信じて疑わないでいました。しかしながら、2014年に起こった「雨傘運動」を契機として中国の行う様々な手段に対して次第に強い警戒感と危機感を募らせる形となり、それが今回の「逃亡犯条例」を通して一気に怒りが噴出することとなりました。

現在ではその"勢い"に歯止めが掛からず収拾が付かない状況へと発展して来ています。このように、(中国にとって)かつて一国二制度の旗頭であった香港は、今や非常に"悪い事例"(失敗例)として認識されるようになってしまい、実際のところ制度自体の屋台骨を根底から揺らす段階まで来ていると所見を表す専門家も居る程です。

他方、この香港と同じようにこの一国二制度を採用している"お隣り"のマカオ(澳門)では、この一連の騒動をあくまでも"対岸の火事"として取扱い、冷静に事態の進捗を見守っているかのように見えます。


マカオ(澳門)での一国二制度の発足は、(意外に思われる方も居るかも知れませんが)実は香港と同じタイミングに制定されたものでは有りませんでした。1997年7月1日に香港が英国から中国へと返還された時から遅れること約2年半後である1999年12月20日にこの制度が導入されるに至っています。


元々、香港以上に資源などが当てに出来ない地域であることをマカオは最初から熟知していたが故、その主力産業を(カジノに代表されるような)一大"レジャーセンター"化にすることで、存在そのものを誰も真似できないような"異質"の立ち位置へと自らを導いたのです。

では、この両者の共通事項である一国二制度とその反応を検証すると、何故ここまで彼等の反応が違って来るのでしょうか?


考えられる要素と言うものは2つ内包していそうです。


ひとつはそ①植民地として統治された歴史感の違い、であり、そしてもうひとつは②祖国復帰後に直面することとなった世界情勢の違い、があるのではないでしょうか。


先ず、"植民地として統治された歴史感の違い"についてですが、これは香港がまだ英国の文化や社会体制、また英語の公用語認定等...、様々な面での"英国色"を払拭する間もなく祖国(中国)復帰させられてしまったことがあります。

その為香港人、特に若い世代の人間達は当初から中国の文化に対する共感が欠けていることや、これを煽ろうと画策する英語圏諸国からの干渉、更に心象が悪くなるような中国の"力業(ちからわざ)"と言った複合的な要因が重なってしまったことで、あのような「運動」を行う"導火線"に火が付けられてしまったのです。


一方、マカオ(澳門)についてはどうでしょうか?


マカオ(澳門)は過去にポルトガルの植民地になっていた頃、そこを生活の場としていた中国人同胞の抵抗に遭った為"脱中国化"が上手く機能せず、植民者はマカオ(澳門)が単に自国(ポルトガル)の管轄下にある中国の"一部"、と言う形で運用せざるを得なかった背景があります。

つまりマカオ(澳門)に住む住民にとって「中国への返還」と言うのは、遠いところまで旅をしていた者が"家に帰って来た"と言う感覚の方が抵抗感よりも近く、その為親中の考え方が広く受け入れられたのです。また、ポルトガルも返還後にこのマカオ(澳門)に対して強く干渉を行っていた訳でも無かったことも中国化への流れを"後押し"してしまうことになったのでしょう。


では2つ目の"祖国復帰後に直面することになった世界情勢の違い"、と言う視点ではどうでしょうか?


香港もマカオ(澳門)も世界情勢から受ける影響についてはそれ程違いがある訳ではありません。しかしながら、対中に対する反応が真逆の"違い"となって表れてしまっているのは事実であり、ヒステリックな反応を執拗に行う香港には一種の"焦り"のようなものを感じ取れます。

これは、例えば香港と陸続きの近隣地域である深センの発展ひとつ取っても香港自体が無力感や焦燥感から来る不安を味わっているのは事実であり、マカオ(澳門)はこの点で独自路線(特殊産業のみに集中したこと)が"功を奏する"結果へと繋がっているように見えます。


"似て非なる地域"である香港とマカオ(澳門)、今回の彼等の反応の違いと言うのは、そんなところにも原因があるのかも知れません。

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