香港では、近年まで従来の"全所得の香港でのみ課税する"という原則に基づき、こと「移転価格」に関する規制と言うものは比較的緩やかであったと言えます。しかしながら、経済のグローバル化に伴い、多国籍企業がこの「移転価格」を巧妙に利用することで高税率国から低税率国へと利益を"飛ばす"ケースが頻発するようになると、このような世界的な趨勢を問題視する各国税務当局からの圧力などもあり、香港政府は国際的な租税回避対策に歩調を合わせることにしたのです。
従って現在、香港では2018年にOECD (経済協力開発機構)のBEPS(税源侵食と利益移転/Base Erosion and Profit Shifting)行動計画に基づいて、以下のような構造で「移転価格」を捉えています。
1.移転価格文書化の義務化
香港に拠点を置く企業は、一定規模以上の取引について移転価格文書(Master File及びLocal File)を作成し、香港税務局(Inland Revenue Department,IRD)に提出する義務を負う。
2.相応の独立企業原則(Arm's Length Principle)
企業間取引は、第三者間で適用されるであろう市場価格に基づいて行われるべきだと言う原則を徹底化する。
3.経済実態の確認
特定の取引が実際の経済活動に基づいているかどうかが重視され、形式的な取引構造は排除する。
また、以下に挙げるような理由と言うのも香港が「移転価格」への取り組みを強化する要因と考えられています。
①国際的な税制基準への適合
「移転価格」はOECD(経済協力開発機構)が推奨する「BEPS(税源侵食と利益移転)行動計画」の一環として採用されています。香港は国際金融センターとしての地位を維持するため、必然的に各国と税務面での調和を図る必要があり、この「移転価格」を導入し、透明性を確保することで香港が「低税率を利用した租税回避の温床」と言う不名誉なレッテルを貼られないようにしたいと言う意向。
②企業間取引の公平性の確保
国際的に事業展開を行う多国籍企業は、関連会社間で利益を移転することで税負担を軽減する場合がこれまでも多々あり、香港はその目的で利用される面があったのは事実でした。然しながら、ここで香港が「移転価格」を厳格化することで、こうした"不公平な利益移転"と言う事例の発生を防止・軽減し、その結果、公平な税制運用の実現に貢献することが可能となります。その姿勢は他の国内企業や納税者に不利益を与えることなく税収の安定化が図れると言う構造を作り出します。
③税収の安定化と政府収入の確保
「移転価格」を適用することで、関連会社間の利益移転による課税回避行為が減少し、政府は適正な課税対象の確保が可能となります。香港政府の財源は直接税に大きく依存しているのは事実であり、同政府の税収安定化の一環としてもこの「移転価格」導入は同地域社会にもポジティブな影響を創出することが可能となると言う点。
香港は国際的な金融、貿易のハブとして、多国籍企業の活動を支える重要な役割を担って参りました。しかしながら、当地の特徴として(他国との比較の中で)元々税率が低いと言うこともあり、租税回避行為やそれに伴う国際的な批判に対応する術と言うものは今まで限られていたのは事実でした。故にこの段階で出て来た「移転価格」と言うテーマへの真摯な対処は金融センターとしての立ち位置の強化へと繋がる方法のひとつと言え、国際社会からの信頼を新たな意味で作れる可能性を秘めることになります。
今後は、如何なる企業も進出国の税務当局の間で更なる協調が求められるのは確かであり、そこへマーケットを提供する(香港)政府がより具体的な指針やサポートを行うと言うことは、官民の間に於ける大きな信頼となって来る行為です。
何れにしても、香港の「移転価格」は単なる税務規則と言う枠を超え、国際ビジネスのあり方や税制の公平性を問う重要なテーマであり続けることは確かなこと言えるのではないでしょう。